You J

一億総中流いちおくそうちゅうりゅう とは、1970年代の日本の人口約1億人にかけて、日本国民の大多数が自分を中流階級だと考える「意識」を指す当時の造語ですが、 昭和の末期に、今からのビジネスはコンピューターの時代だ!営業マンビジネスマン の代わりにシステムの時代だと国内大手企業の組織体から徐々に営業体が削減されていくのを感じていました。
僕自身も 営業マンビジネスマン 人生の後半頃までに何らかの影響を受け 今は勝ち得てるノウハウも通用しない時代に遭遇せざるを得ないだろうと考えていました。
道は2つ、アナログ 営業マンビジネスマン として逃げ切る。だって40.50になってITもないでしょう(笑)
もう1つはその影響が出るまでに資本力を持って若いIT社員を導入し、新時代の仕事の在り方を構築する。
ですが単純に面倒なので前者で行けたらいいなと思っていました。

そんな思考を持って平成元年に起業、9年後に社員13名、年商3億まではこぎ着けたものの心の中では... この組織力では今からくるインターネット世界社会に対応出来ないことを痛感していました。 何故ならその年商の実績のほとんどを僕が作っていたからです。
サラリーマン時代に「再生工場長」と賞讃された自分が何故この子たちを「出来る」ものへ向上させられないのか? すべての事(省略)はやりつくしたけれど出来なかった。
そして仕事を通じて友達になったNTTの部長や他の会社社長が同じことを僕に言った。 「まっちゃんはよくやった。だって考えてごらんよ!まっちゃん達がいた企業は入社試験があり 振るいにかけられて残った人間じゃない! 世の中には出来ない人間もいるのよ。みんなが皆、成長出来るんじゃない。」...と。 だけど納得できない。悔しい、悔しい...悔しい。

平成元年バブル崩壊後に一億総中流崩壊という言葉と共に格差社会なる言葉が世に出てきました。
名立たる企業の販促イベントをやって来て、その現場に居続けてきて...平成10年頃から現場の景気は徐々に下降線を描き始めてきたように感じます。 そしてある頃に ふと「 経済の現場は そのほとんどを一億総中流の民が築いているんだ!」 と悟りました。
ここが解決しない限り企業がどんな角度で企画を立ててもイベントの現場に通用しない。 かと言って一億総中流の民の収入を復活させる術など持つわけもない。

早いとこ何とかしないと俺まで引き込まれてしまう。アナログで逃げ切るなら逃げ切る成りの道を築かないといけないと大型野外ビジョンの事業に着手、 シルバーサポートマンションの構築、そして地デジ対応で地方自治体が困惑していた次世代向けのインフラ整備事業への着手と猪突猛進! 進撃の 営業マンビジネスマン 状態が続きました。
次世代向けのインフラ整備第一号でその予算元まで確保した実績16億5000万は、あえなく町長の2号スキャンダルと共に撃沈。
そう、これで僕のアナログ 営業マンビジネスマン として逃げ切る道は閉ざされた。

と思いきや!こんな理不尽な理由で何で俺が失脚しなくてはならないのか?と怒りが込み上げてきました。 全財産を失った自分に今、出来る事!それが高機能化学発泡炭素/炭玉くんによる資本復活策でした。
国内の建築関係業者約10万件を相手に猛アプローチをかけて要約50社程の代理店を確保、徐々に回復に向かいかけた時にリーマンショック。その半年後代理店は ほぼ全滅という壊滅的な状態でした。
「神はその人に乗り越えられる試練しか与えない。」なんて言葉がありましたけれど... 「もう、ダメか?惨めな死に方は嫌だから、潔く切腹でもして武士らしく果てようかな・・・」って真剣に考えました。 だけど色んな事を反省も含めて考え抜いてもこれで俺が消えるのも理不尽すぎて・・・ムカつく~!!!!!
だけど今更、ITをゼロから始めるにしても・・・・・どうしたら!いいんだ~!!!というのが本音でした(笑)
話がかなり脱線してしまいましたが何故ここまで言わなくてもいい事を書いてしまったのかといいますと そのすべての実績もノウハウもプライドも捨てて本気でインターネットを勉強して営業マンNeoとして復活しようと決めたからです。

- スポンサーリンク -